主な研究内容

多環芳香族炭化水素類(PAHs)、アルキル化PAHsに関する研究

PAHs、アルキル化PAHsの構造式の例
PAHs、アルキル化PAHsの構造式の例

水域の石油汚染、排ガス汚染とその水生生物に対する影響

多環芳香族炭化水素類PAHsは燃焼時に発生する他、石油を構成する成分の1群でもある。ベンゼン環が複数個融合した形を有し、ベンゾ(a)ピレンなどの幾つかのPAHsは変異原・発癌性があることが知られている。PAHsは魚類などの水生生物にも様々な影響を及ぼすことが知られており、我々の研究室でもこの生物影響を継続的に調べるとともに、沿岸域の汚染調査や石油汚染時の調査なども行う。

石油汚染調査

タンカー沈没などによる石油汚染は海域を中心にたびたび起こっている。その汚染が長く続くかどうかは、流出現場の地形などに大きく依存する。当研究室ではこれまで、フィリピン、タイなどの石油流出現場で調査を行った。石油汚染で強く生物影響を及ぼすのはPAHsと考えられており、これらの調査ではPAHsと、PAHsにアルキル基が付加したアルキル化PAHsを調査対象とした。

  • 汚染後1ヶ月目(フィリピン)汚染後1ヶ月目(フィリピン)
  • 重油に汚染されたマングローブ林でサンプリング(フィリピン)重油に汚染されたマングローブ林でサンプリング(フィリピン)
  • 石油除去作業。キッチンペーパーで石油を吸収させて除去していた(タイ)石油除去作業。キッチンペーパーで石油を吸収させて除去していた(タイ)

日本沿岸域のPAHs調査

大阪湾での調査大阪湾での調査

都市部近郊の水域からは自動車排ガス由来(燃焼由来)のPAHsが比較的高濃度で検出されることがある。これまで底質、二枚貝などを中心に大阪湾などの都市部沿岸域でPAHs分布調査を行っている。

他、蓄積、代謝実験、魚類胚に対するPAHsの影響、稚魚に対するPAHsの影響、in vitro代謝実験などを行っている。

PAHsから派生する物質

ニトロアレーンと酸素化PAHs

ニトロアレーンと酸素化PAHs

排ガスから発せられるPAHsから、ニトロ基(-NO2)が付加したもの(ニトロアレーン)や酸素化したもの(酸素化PAHs、oxyPAHs)などが様々な反応経路を経て生じることが知られる。

これらの環境中分布や水生生物に対する影響はあまり知られていない。しかし、ニトロアレーンの中には強い変異原性、発癌性を持つものもある。

また、oxyPAHsには魚類に様々な影響を及ぼすことが分かってきた。当研究室ではニトロアレーン、oxyPAHsの環境内分布調査を行うと共に、魚類への影響を調べている。

底質中に残留する化学物質の生物に対する影響評価

現在、我々人間活動において数千にも及ぶ化学物質が用いられている。これらは使用後、何らかの形で環境中に放出され、最終的には水域に入る。水域に入った後はやがて底質に到達し、物質によっては長期間残留することが知られる。また場所、物質種によってはHot Spotと呼ばれる、高濃度で残留しているようなところも局所的にある。Hot Spotほどではなくとも、特に工業地帯や都市部付近の沿岸域底質中には様々な化学物質が比較的高い濃度で残留している傾向が強い。実際、底質中化学物質モニタリングの研究例は非常に多く実施されている。しかし、この底質中に残留する化学物質が生物にどのような影響を与えているか、ほとんど知られておらず、また、底質影響評価を行うための確固たる手法も実はない。

そこで我々は海産魚ジャワメダカ胚、ヒメダカ胚、そしてフサゲモクズを用いた底質影響評価法の開発に取り組んでいる。これらの水生生物を用いて日本の沿岸域各所における底質の影響評価を試みている。将来は日本底質影響評価プロジェクトとして、大々的な調査を遂行することを現在計画中。

メタボロミクスを用いた化学物質影響評価に関する研究

生物内の代謝物変動異常から生物影響を見出す研究

メタボロミクスとは生体内の恒常性維持を担う、「代謝」に着目し、代謝物の変動を網羅的に調べて、今現在の生物の健康状態を調べる手法である。生物中の代謝は刺激やストレスを受けたときに、感受性高く反応する。その刺激やストレスに特異的な変化も見られることがあり、その情報を収集・構築して、将来本法を用いた「環境診断法」の確立を目指している。

海産生物を用いた影響評価試験

海域汚染を考えるとき、海の生物を用いた化学物質影響試験法が必要となるが、この海産生物を用いた確固たる公定法は日本にはない。当研究室では海産魚のジャワメダカ、海産ヨコエビのフサゲモクズを常時継体飼育し、これらを用いて水及び底質毒性試験法の開発、及び応用研究を行っている。特にジャワメダカは海水さえ確保できればヒメダカと同様に飼育することができ、化学物質感受性も高いため、将来の海域の汚染を想定した影響評価試験への適用が期待される。

  • ジャワメダカジャワメダカ
  • フサゲモクズフサゲモクズ
飼育水槽環境に馴致中のカレイ飼育水槽環境に馴致中のカレイ
そのほか、これまでマダイ、カレイ、ティラピア、スズキなどを用いて、急性毒性試験、化学物質暴露時の酸化ストレス試験、変異原性物質暴露による魚赤血球の小核試験、免疫毒性試験などを行っている。
ゴカイの飼育風景ゴカイの飼育風景
また無脊椎動物では、ゴカイ、ムラサキイガイ、ミドリイガイ、カキなどを飼育し、化学物質の蓄積・影響試験、小核試験などを行っている。

淡水魚を用いた影響評価試験

  • ヒメダカヒメダカ
  • 腎機能障害が起こって腹水が溜まったコイ腎機能障害が起こって腹水が溜まったコイ

海域の汚染を想定した研究が中心の当研究室ですが、海の水は河川などの淡水域からも注がれるため、海の汚染は淡水域からの汚染負荷も見過ごせない。そこで、主として淡水域の汚染を想定して、ヒメダカやコイを用いて影響評価試験などを行っている。

化学物質暴露により引き起こされる酸化ストレスとそれに伴う個体への影響研究

化学物質暴露により引き起こされる酸化ストレスとそれに伴う個体への影響研究

化学物質暴露により生物に引き起こされる影響として近年、注目されているのが活性酸素による酸化ストレスである。暴露時、酸化ストレスは様々な部位にタンパクや遺伝子レベルで起こることが分かっているが、多くの化学物質影響がこの酸化ストレスに端を発したものである可能性がある。その酸化ストレスの強弱が影響の程度を左右すると考えられるため、酸化ストレスの測定は最近盛んに行われている。我々は脂質、タンパク質、遺伝子レベルでの酸化ストレスを影響評価に用いている。

魚類腸管による薬物代謝能に関する研究

魚類腸管による薬物代謝能に関する研究

生物の主たる薬物代謝の場は肝臓である。全ての化学物質が肝臓で代謝されていると言ってもよい。しかし、他の臓器や部位でも薬物代謝は行われている。特に哺乳類では腸における薬物代謝能が高いと考えられている。魚類も恐らく腸での薬物代謝が行われていると考えられるが、その研究例はあまり多くない。我々は薬物代謝の中でも特に二次反応の抱合反応に注目し、腸の薬物代謝能の可能性などを探っている。また、最近は一次反応の酸化反応がどの程度行われているか、という検証も行っている。

有機スズによって引き起こされるインポセックス

有機スズによって引き起こされるインポセックス

有機スズ化合物は秀逸な船底防汚塗料や漁網防汚剤として主に用いられていた。しかし、その生物への影響の強さから、2003年以降船体への塗布の禁止、2008年以降船体での残存の禁止が国際条約(AFS条約)により採択され、それ以降世界各国の水域で有機スズ濃度が急速に低下した。船底塗料などで用いられてきた有機スズ類はトリブチルスズ(TBT)とトリフェニルスズ(TPT)である。鹿児島件では2000年くらいまで、TBTやTPTが原因と考えられる巻貝のイボニシのインポセックスが各所で観察されたが、それ以降、インポセックスが確認できる場所が段々少なくなってきた。しかし、桜島にはまだイボニシのインポセックス誘発率が100%の場所がある。この場所では海底質中に高濃度で有機スズが残留しており、それがわずかながらも連続的に水中に溶解したり、食物連鎖経由(イボニシは肉食の貝である)で有機スズを取り込んだイボニシの♀にペニスを生じさせていると考えられる。このような化学物質が高濃度で局所的に残留している場所をHot Spotと呼ぶことがある。

  • イボニシ
  • インポセックスを誘発したイボニシ♀個体
    インポセックスを誘発したイボニシ♀個体。
    ♀にはないはずのペニスと精管が形成されていた。