最近の研究トピック

我々の研究トピック

1)海域の底質中化学物質の生物影響評価

①化学物質の最終到達地点は海底質

我々の人間生活は、もはや化学物質無しでは成立しません。毎年、世界では数千もの新しい化学物質が開発されています。これら化学物質が使用されると、その一部は環境中に放出され、雨などにより河川などに入り、最終的に海へと到達します。海に到達した化学物質のうち一部は海水中で拡散しますが、一部は海水中で懸濁物などに吸着し、海底質(底泥)に降り注ぎます。よって海底質は化学物質の最終到達地点だと言えます。

②海底質には化学物質が高濃度で残留している場所がある

化学物質の最終到達地点の海底質では、化学物質が非常に高い濃度で残留している地点がときどき発見されます。我々はこのような場所を”hot spot”と読んでいますが、このhot spotは日本の都市部近くの沿岸域にも散在しており、多くの研究者が調査を行って論文で報告しています。我々も過去に、大阪湾などで底質中の多環芳香族炭化水素類(PAHs)の調査を行い、神戸近郊の沿岸域でかなり高い濃度のPAHsが底質中に残留しているのを報告しています(文献1)。他にも様々な種類の化学物質の底質調査例があります。しかし、このように高濃度で残留している化学物質が水生生物にどんな影響を与えているか、そのリスク評価を行った例は多くありません。特に日本沿岸域における海底質の影響リスクはほぼ未知である、と言って良いでしょう。

③化学物質が残留する海底質にはリスクがあるのか?それをどうやって調べる?

では、実際に化学物質が残留する、例えば都市部沿岸域底質が水生生物に悪影響(毒性)を与えている可能性(=リスク)はあるのでしょうか?我々人間の目でなかなか見ることができない海底質では、生物影響があるかないかを確認するのは非常に難しいと言えます。そこで私たちは、底質のみの影響を調べるための方法開発を進めています。

現在、行っている方法は魚の卵(胚)を使った方法です。化学物質の毒性試験では、ヒメダカが良く用いられます。我々はこのヒメダカの卵に目を付けました。その概略図を以下に示します。私たちは実際の海から底質を採取し、その採取地点を詳細に記録して実験室に持ち帰り、この底質についてリスク評価を行っています。我々の魚の卵を使った底質影響試験は飼育水を必要としません。正確にいうと底質とその底質部分に含まれる僅かな水分(=間隙水)のみで試験が実施可能です。この形は、海から海底質部分だけを切り取った形です。この試験では底質の上にある水のこと、さらにこの上層水中の化学物質の生物影響を排除し、底質からのみの影響を的確に評価出来ます。

ヒメダカ卵を使った底質影響試験の概念図
ヒメダカ卵を使った底質影響試験の概念図

④日本沿岸域底質の影響リスク調査

私たちは③に示した方法をヒメダカのみならず、海産魚のジャワメダカでも行える方法を開発しました。これらの手法を用いて、現在、私たちの研究室では日本沿岸域の底質影響調査を開始しています。そして、今まで知られていない、日本沿岸域底質で生物に影響を与える(毒性を与えるような)場所を明らかにしようとしています。今まで人の目に触れない海底質の影響を詳細に明らかにして、今後、海底質の環境修復、環境保全に繋げていこうと考えています。そのために、今の日本の深刻な影響を与えるリスクを持つ底質が存在する場所がどこにあるのかを明らかにする必要があるのです。

日本では高度成長期から様々な公害を経験し、それを克服して今の豊かな生活を築いています。大震災の福島原発放射線漏れの事故のような例はあるものの、それ以外では日本の海の汚染はかなり改善されたと考えられているかもしれません。しかし、底質中からはある種の化学物質が高濃度で残留する地点があります。そういう意味では、底質は日本で最後に残った「汚染された場所」と言ってもいいかもしれません。しかし、この汚染された場所の実態はあまり分かっていません。我々は今後、それを詳らかにしていきます。今後、魚の卵だけでなく、他の生物種を用いた底質影響評価法も方法開発をして、これも順次適用していく予定です。
このホームページでも調査の結果、日本の底質影響リスクを順次公表していこうと考えています。

海底質影響評価の例

1)ヒメダカの卵を用いた東京湾西部の底質影響調査

Uno et al., Toxic evaluations of sediments in Tokyo Bay, Japan, using Japanese medaka embryos. Environ. Sci. Poll. Res. doi:10.1007/s11356-016-7581-5

【調査法】

本調査では、2013年に東京湾西部(主に東京都江東区~神奈川県川崎市)の7ヶ所で採泥した。

サンプリング地点
図1.サンプリング地点

採取した底質は鹿児島大学水産学部に持ち帰って、ヒメダカ卵を用いた影響評価試験を行った。各地点底質を35 mmのシャーレに敷き、ここに当日産卵されたヒメダカ卵を15個ずつ置いた。この卵と底質を入れたシャーレにフタをして、24℃に温度を維持したインキュベータ内で7日間、卵を発生させた。その後、48ウェルのマイクロプレートの各穴に化学物質に汚染されていない飼育水を入れ、1穴に1個の卵を入れて、さらに24℃で引き続き卵が孵化するまで観察を続けた。飼育は試験開始から計20日行い、その時点で死ぬことはないが孵化していない卵は未孵化として扱った。

【調査結果】

底質試験の結果、St. 7(東扇島東部)で10%の死亡率、また、発生中の胚中で軽微な異常が観察されたが、これが底質由来の影響かどうかは判断は難しい。St. 1(荒川河口付近)、St. 7は孵化率が90%とこれも若干低かったが、影響かどうかの判断は難しかった。St. 1、St. 3(天王洲付近)、St. 4(お台場西部)の底質はヒメダカ胚の孵化日数を有意に遅らせた。特にSt. 3とSt. 4はコントロールと比べるとヒメダカ胚の孵化を2日程遅延させた。特にSt. 3は孵化日数のばらつきが大きく(図2)、孵化に要するエネルギーを別のことで消費させるような要因があった可能性がある。孵化遅延があっても

表.ヒメダカ胚を用いた東京湾底質影響評価の結果

サンプリング
地点
孵化率
(%)
平均孵化
日数(dpf)
死亡率
(%)
未孵化率
(%)
奇形魚孵化率
(%)
胚中異常誘発率
(%)
コントロール 100 10.1 ± 0.7 0 0 0 0
St. 1 90 11.0 ± 0.8* 3.3 6.7 0 6.7
St. 2 93 10.8 ± 0.8 6.7 0 0 3.3
St. 3 97 12.5 ± 1.6* 3.3 0 0 0
St. 4 97 12.0 ± 0.3* 0 3.3 0 0
St. 5 100 11.5 ± 0.7* 0 0 3.3 0
St. 6 97 10.3 ± 0.7 0 3.3 3.3 3.3
St. 7 90 10.1 ± 0.3 10 0 0 6.7

*: コントロールと有意差あり(ダネット、 p<0.05)

孵化までに要した日数
図2.孵化までに要した日数

孵化した稚魚にはほぼ影響が見られないケースは多々ある。しかし、孵化が遅れると、動くことができない卵にとっては他生物からの捕食や病気への罹患へのリスクが高くなるため、その影響は憂慮させるべきだと我々は考えている。

今回のヒメダカ卵を使った東京湾底質影響調査では顕著な影響が観察されなかったが、その後、我々は海産魚ジャワメダカ卵を使って同じ地点の底質の影響評価を行った。ジャワメダカはヒメダカよりも化学物質感受性が一般的に高いせいか、顕著な影響が見られた地点があった。その結果はまた、後日示す予定である。